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熟年離婚後、元配偶者への遺言はどうなる?

弁護士 浅野由花子
更新日:2025/12/26

被相続人の借金と相続放棄のイメージ

1 はじめに

人生、何が起こるか分かりません。特に年齢を重ねてくると、「もし自分に何かあったら…」と、残される配偶者の生活を心配するのは自然なことです。

そのため、ご自身が元気なうちに、「すべての財産を配偶者に遺す」といった内容の遺言書を作成される方は決して珍しくありません。これは、大切な人を守るための、愛情と配慮の証です。

しかし、人生は時に予期せぬ方向へ進みます。例えば、遺言書を作成した後、熟年離婚に至ってしまったらどうなるでしょうか。

「遺言書を書き換えるのを忘れてしまった」「そもそも遺言の存在をすっかり忘れていた」、この場合、昔の遺言書に基づいて、財産は元配偶者へ渡ってしまうのでしょうか?

2 遺言の有効性と遺言の撤回

遺言書は、作成した時点において遺言能力があり、法律で定められた要式(自筆証書遺言や公正証書遺言など)を守って作成されていれば、基本的に有効です。

そして、921条1号の趣旨は、単純承認の意思がない限りとらない行為であり、第三者から見て単純承認があったと信じて当然であるから、単純承認とみなすものであるとされています。

これは、遺言書を作成した後に離婚したとしても、基本的に変わりません。離婚したからといって、その遺言書が直ちに無効になるわけではありません。

一方で、遺言者は、自分が亡くなるまでの間、いつでも遺言を撤回することができます。これは、遺言者の最終意思を尊重するためです。

また、民法では、遺言者が遺言後に生前処分その他法律行為を行った場合、それが前の遺言と「抵触」するときには、前の遺言を撤回したものとみなす(民法第1023条第2項)と定めています。

この「抵触」とは、単に後の生前処分によって前の遺言の実現が客観的に不可能になる場合だけでなく、後の生前処分が「前の遺言と両立せしめない趣旨のもとにされたことが明らかである場合」も含むとされています(昭和56年11月13日最高裁判決)。

では、「配偶者に全財産を遺す」という内容の遺言を作成した後、離婚という重大な身分関係の変化があった場合、これは前の遺言を「撤回したとみなされる」生前処分に該当するのでしょうか?

3 判例のご紹介:離婚は「遺言の撤回」とみなされるか?

⑴ 平成22年10月 4日東京地裁判決(遺産確認請求事件)

当時の妻に不動産を相続させる趣旨の遺言を作成後に夫が元妻と離婚し、それから現妻と再婚したものの、遺言を書き直さないまま死亡したというケースです。本件では、元妻側は遺言により不動産が夫から遺贈されたと主張しました。

① 遺贈について

「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人に単独で相続させる遺産分割の方法が指定と解すべき(平成3年4月19日最高裁判決)とされています。

裁判所は本件遺言が「遺贈」「相続取得」という文言を使い分けており、元妻に対しては「相続取得」させると遺言書で述べているから、本件遺言部分が「相続させる」趣旨の遺言であるとしました。

そのうえで、遺言書作成当時、婚姻関係破綻の危機に瀕しており、夫婦間の協定書で生活保障のために遺言が作成されたと言った文言がある、離婚後遺言書を新たに作成していないという事情があるものの、元妻への遺贈と解すべき特段の事情とまではいえないと解しました。

その場合は、自分の預金口座から相手口座に振り込むなどしてポケットマネーらの支出であることを明らかにできるようにするべきでしょう。

② 遺言の撤回について

裁判所は、遺言作成後に夫が元妻と協議離婚のうえで元妻に財産分与及び慰謝料の支払いをしていること、その際に夫は遺言書で元妻に相続取得させようとした不動産を売却して財産分与や慰謝料の支払いに充てようとしていたことから、仮に本件遺言に遺贈の趣旨が含まれるとしても、前の遺言上の遺贈と後の財産給付行為が両立しないことは明らかであるから、遺言の撤回により取り消されたものとみるべきとしました。

⑵ 令和 5年 3月28日東京地裁判決(遺言有効確認請求事件)

離婚前にすべてを元妻に相続させるという内容の遺言を作成した夫が、のちに離婚調停・訴訟等の手続により元妻との離婚が成立するに至った場合、夫は遺言を撤回したこととなるのかが争われたケースです。

このケースでは、遺言が元妻の長年にわたる献身的な働きに報いると目的で作成されたが、その後に元妻が夫に無断で出国し音信不通となったうえ、その際に元妻が巨額の夫財産を持ち出し、その後に離婚訴訟の提起に至ったという経緯、その一方で夫と養子縁組した甥夫婦との関係がその後修復しているといった事情がありました。

裁判所は、元妻の一連の行為を過去の働きによる功を抹消するほどの重大な背信的行為であるため、その後に財産を元妻に相続させる意思は夫に無かったとしたうえで、夫による離婚訴訟の提起は前の遺言と両立しない趣旨でされたことが明らかであるから、遺言の全部を撤回したものとみなされるべきであると判断しています。

⑶ 判例を踏まえて

上記のとおり、元配偶者との離婚したことが遺言の撤回に当たるかは、個別具体的な事情によります。

例えば、元配偶者に背信的行為があり離婚に至り、離婚後は関係が途絶した・険悪な関係であるといった場合や十分に財産分与が行われ財産関係の清算が行われているという場合には、元配偶者にあえて遺産を遺すことが考え難いとして、遺言の撤回が認められる可能性もあります。

一方で、元配偶者が婚姻期間中に献身的に支えており、離婚後も元配偶者と良好な関係性にあるため、離婚後も元配偶者の生活を心配して遺産を遺すこともありえなくはないと判断され、遺言の撤回とは認められない可能性もあるでしょう。

4 おわりに

熟年離婚が成立すると、元配偶者とは法的に他人となります。そのため、離婚前に「全財産を配偶者に遺す」と書いた遺言の内容を、離婚後に変えたいと考えるのは自然なことです。

それにもかかわらず、遺言書の存在をうっかり失念してしまった、忙しさなどから遺言を書き直さないまま亡くなってしまったという場合、遺言書が後に発見されると、残されたご家族(再婚相手、お子様、その他の相続人)が大混乱に陥りかねません。

この混乱が引き起こされると、遺言の効力をめぐって、相続人と元配偶者との間で訴訟に発展し、解決までに多大な時間、費用、そして精神的な労力を費やすことになってしまいます。

遺言は、あなたの最終的な意思を反映させるための、非常に重要な文書です。人生の大きな転機、特に離婚や再婚といった身分関係の変更があった場合には、その都度、遺言の内容を見直すことを検討すべきでしょう。

遺言書は一度作ったら終わりではありません。

なお、見直しを行う際は、法律で定められた要式(書き方)に従って、正式に遺言の撤回や新たな遺言書の作成を行うことが不可欠です。

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